ボディポジティブ思想から考える幸せ

今回のテーマは、ボディポジティブの考え方から生み出される、新たなギャップについて。
ヨガ哲学とも関係しそうな解釈です。

SNSを筆頭に、ボディポジティブ(=どんなボディの自分も愛してあげよう)の考え方が広まってしばらく経ちます。
まだまだ、細い=綺麗という定義が定着している現代にとっては素晴らしい感覚だと思います。
(といっても、スリムが間違いではないので初期段階の今、発信者のほぼ100%がグラマーな方なのもスリムへの誤解を招きそうで引っかかりはしますが、、)

“全女性の味方”として広まってきたこのボディポジティブですが、今の自分自身に満足できていない人にとっては[ 目指したい理想 ]と[ 体型構わずどんな自分も愛する ]というこの2つの理想の狭間でもがいてしまうトピックなのではないかな、と感じています。
何を隠そう、以前の私自身がそうでした。

「 体が重く感じるけど、痩せる為にダイエットする事が悪なのか? 」
「 体型を変えることは逃げで、今の体型を愛せるまでキープしなければいけないのか? 」
そんな風に思ってしまう真面目な同じような方も、たくさんいるんじゃないかと思っています。

ここからは私なりの解釈ですが、
ボディポジティブを、幸せそうなはちきれんばかりの笑顔で発信している人の中にも、本当の心の底から自信100%!と言える人はほとんどいなんじゃないかと思っています。
「 周りのネガティブな意見なんて振り切って、私は私! 」という潔い勢いすら感じることもありますが、100%の自信があるなら発信に対しての反応すら気にならないはず。
ですが、そこに寄せられるコメントに目も通さず発信だけに特化している人って、どれくらいいるのかな?とひっそり思っています。
調子の良い時には”ありのままの自分最高!”と思えても、その思考が一生ブレずに進むことってないと思う。
だからこそ、勇気を出している発信者自身も、”どんな体型であっても愛せるようになりたい”とは思いつつも、まだまだ模索中だから、同志と成長していきたいという人がほとんどなのではないかな、と。

そのように誰もが迷いながら進み自分自身の軸を作っていくのが当然だからこそ、[ スリム=美しい ]という意見を鵜呑みにしなくていいのと同じように、[ グラマーでもそのままで最高 ]という無条件ポジティブも鵜呑みにしなくてもいいと思います。

それはやはり自分自身が、自分の心と体と対話して決めること。
一度今の自分をスリム/グラマー/痩せ型などのカテゴライズから外し[ 自分なりの心地よさ ]に本気で向かっていくこと、それが何より大切で本質だと思います。

どんな体の状態が、自分には心地が良く、心から幸せで健康だと感じられるのか。
合う食材・量・消化の早さ・運動の仕方・睡眠時間。全て人それぞれ違います。
自分で日々の調子や排泄物などを確認しながら、カスタマイズしていく必要があります。

本当の心地良さ・快適さとは、人から認められる事で感じられるものではなく、内側から安心感が湧き出るもの。
前のように痩せてない自分を嫌っていた思想からは抜け出して今の自分を愛さなきゃ、と過去の執着に引きずられて出来上がった信念から現状を選ぶのではなく、純粋に[ “今”のあなたが心地よい状態 ]を日々見つめて行動してみることです。
それがさらに運動することでもたらされるのなら、楽しめるスポーツをしたらいいし、それが食事の量を抑える事なら、腹8分目でも満足できる味わい深い食事を丁寧に摂ることを意識したらいい。携帯ばかり見て遠くの誰かに影響を受けて混乱するなら、一度電源を落として静かに呼吸してみたらいい。

過去に囚われず、いつも”今”を見つめていく。
そうする事で、自分の内側から健康と心地良さを感じられるようになり、頭でぐるぐると体型や自己愛の正解を追う必要がなくなります。

ついつい人と比べてしまいがちなテーマですが、
私たちの真の幸せは体のサイズでは決まりません。それはスリムであってもグラマーであっても同じこと。そして、グラマーな人が体を晒してポジティブシンキングを何時間叫び続けてくれても、気付かない内に自分に根付くものでもない。
幸せは自身の内側の感覚からのみ訪れるものです。
[ 心地良さ ]を大切に、どんな人・どんな意見に影響を受けるのかを、ぜひ自分自身で選択できる日々を過ごしていきましょう。

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