しなやかさ

あの人はいいな、あの人羨ましいなと思うこと。
私も含め、みんな1度は誰かしらに向けて思う事だと思います。
私も、人に憧れの部分を見つけて羨ましがってみたり真似してみたり、何度もあります。
今は特にSNSでその人の切り取られた一部分しか見えないので、バックグラウンドなんて知らずに表面だけで判断してしまいやすい環境になっていますね。
悩みなんてなさそう
全てうまくいってるように見える
それなのに何で自分は…
という感じ。
確かに持って生まれた骨格や顔のバランスなどその人にだけ与えられた、たまたまわかりやすく目がいきやすい”外見”というものはあると思います。
でも、ヨガの仕事を通してたくさんの人に出会ってきましたが、どんなに綺麗な人でもどんなに明るく振る舞っている人でも、人生で何も起きていない人なんて1人もいませんでした。
その人が乗り越えてきた壁の数も、大きさも、苦しみも知らずに”羨ましい”と感じた自分が情けなくなるくらい、全員が必ず何かを抱え、乗り越えています。
人間関係で悩んでいたり
大切な人を亡くしていたり
心の病を克服していたり
実は全然自分に自信が持てていなかったり。
毎回聞く度に、人に優劣も上下もないなと学べる瞬間でした。
もちろん”今”とても調子が良くて人生すごくいい流れ、という人も実際にいると思います。ですが、”今”そう見えるだけで、これまでの人生何も苦労せず全て運だけで乗り切ってきたなんて事はあり得ないし、そう見える時こそ、この人は何を経験し、どんな苦労を乗り越えて今へ辿り着いたのかに目を向けるべきと感じています。
自分が羨ましいと感じる人との差は、自分と向き合うという難しい道を選んできた意識と選択の差であり、努力の差であり、乗り越えてきた苦労の差。これに尽きるなと感じます。

結局のところ(まだ人生28年の時点での着地点ですが)外見はそれぞれ個性としての差があれど、人生の質・充実度は運で運ばれてきたり外見から導かれるものではないなと。

とは言えいきなり人の事を羨ましがらないというのは無理な話で、地道に毎日自分を見つめて痛みも辛さも乗り越えていく先に自分軸が作られ、どんな相手でも受け入れられて痛みを想像できるようになって初めて本当に誰かと比べる必要のない強さが身につき自信がつくのかなと思います。
私もまだまだ乗り越える壁ばかりですが、試練を1つずつ乗り越えていく事で、ここ数年でやっと手放しに誰かの事を”羨ましい”と思う事はなくなってきました。(むしろキラキラして見える人は絶対吐くほど苦労してるだろうなと勝手に想像しています。笑)

私のヨガの先生が
本当の強さとは無防備であること
と仰っていました。
数年前までは私も 弱みを見せたくない・恥はかきたくない・人からはすごいと思って貰いたいというガチガチの怖がりでしたが、どんな感情が生まれても1つ1つ丁寧に消化していくと、辿り着くべきなのは本当にここだと感じるようになりました。
人に対しても世の中に対しても表面だけで勝手に上下や勝ち負けを決めつけて、対等だと思えない時に傷つくのを怖がってバリアを張って強く見せても、それはダイヤモンドは硬くてもハンマーで叩けば割れてしまうのと同じように、とっても脆いもの。
鎧のような硬さが強さなのではなく、本当の強さと自信とは、水のように柔らかく、どんな形にも合わせて変化できるようなしなやかさなのかなと思います💧

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です